過人/伍話

伴侶

    不気味なほど平和な日々が続いていた。
    あれ以来黒づくめの男達は姿を現さない。
    一応用心を怠ってはいないものの、何事も起きないことがさらに不安を募らせる。
    正司は何を思ったのか再び黒崎家に向かった。
    しかし黒崎家の人は執事の話によると旅行中につき留守のこと。
    正司はあきらめて帰ることにした。帰り道に林道を通っていたところ、一人の女性が姿を
    現した。そう黒崎神那である。
神 那「正司さん、御免なさい・・・」
正 司「なぜ謝る」
神 那「私はあなたとの約束を守らなかった・・・」
正 司「・・・しかたないさ、俺が死んだと思ったんだから・・・」
神 那「・・・あなたは昔の姿のまま、私はもう老いてしまった・・・」
正 司「いや、君はいつまでも美しい・・・ちょっときつくなったけど」
神 那「先日のことですね、私の娘が教育熱心で口五月蠅い所が似たのかも」
正 司「らしいね」
神 那「信じてませんね」
正 司「そんなことないって」
神 那「・・・本当に良かった、あなたが生きていて」
正 司「ああ」
    二人寄り添う。
正 司「所でなんで黒崎と結婚したんだ?」
神 那「あなたが死んだと知らされてから父が強引に英司さんと婚約させたの」
正 司「そっか・・・英司に言っておいてくれ、俺はもう気にしていないって」
神 那「何を気にしていないって?」
正 司「そういえばわかるよ、だからもう俺には関わらないでくれって言ってくれ」
神 那「え、ええ」
正 司「それに今の俺を想ってくれる人がいるから・・・俺も満更(まんざら)ではないから」
神 那「そうですか、今のあなたには横にいる人がいるのですね」
正 司「すまないな」
神 那「いいです、もうお互い昔とは違いますから」
正 司「・・・・・・」
    二人の会話はそこで途切れたかのように無言が続く。
    そして暫く経って正司と神那は別れる。
正 司「さて、家に帰るか・・・俺の居場所へ」
    再び帰路につく。
    その途中、桜町組の経理の木下さんに会う。
    年はまだ17だが既に桜町組の経理を一手にこなす程の人物である。
木 下「あら、山崎さんお帰りですか?」
正 司「ええそうですけど、木下さんこそ荷物いっぱい抱えてどうしたんですか?」
木 下「色々食事の買い出しに行って来たんですけど、みんないっぱい食べるので買っても買って
    も足りないんです」
正 司「なんで木下さんが買い出ししてるの?」
木 下「他の人に任せたら、財布がいくらあっても足りませんから」
正 司「成る程」
木 下「それにしても重たい・・・」
正 司「持ちましょうか?」
木 下「あ、お願いします」
正 司「では」
    木下が持っていた荷物を軽々と両手に抱えた。
    そして二人桜町家に向かう。
木 下「十八歳になったらすぐに車の免許を取りたいわ」
正 司「毎日ふもとのスーパーまで行くのもしんどいですからね、でもよく考えたら桜町組の誰か
    に送ってもらえばいいのでは?」
木 下「桜町組の人は全員、車の運転癖が悪くて乗りたくないの」
正 司「そうですか・・・よく考えたら俺も免許持っていたような・・・」
木 下「持っていたんですか?でも五十年前だから更新切れでは」
正 司「ですよね・・・車以外にも戦車や零戦なども運転していたなあ〜」
木 下「・・・なんでしたら山崎さん、免許とって見ませんか?大工の仕事柄色々必要ですから、
    いっそ大型・大特・けん引まで」
正 司「でも私の戸籍がどうなっているのやら・・・」
木 下「大丈夫です、死亡撤回で戸籍復帰を役場に申し込めば」
正 司「近いうちに行きましょう」
木 下「そうしましょう」
    和気藹々と話し合う二人。
    それを玄関前で鬼のように嫉妬している晶。
桜町晶「ちょっと木下さん、正司さんと仲良くしていいのは私だけなの!」
木 下「はいはい、今すぐお返ししますね」
正 司「俺は物かって・・・」
木 下「じゃあ私は夕飯の用意があるので失礼」
    ちなみに木下理帆は桜町組に住み込み(下宿)で働いている。
    現在桜町組にとっては無くてはならない存在である。
桜町晶「さ、いこ正司さん」
正 司「あ、ああ・・・」
木 下「食事になったら呼びますね」
    そして・・・
    食事も終わり、一人庭を見ながら物思いにふける正司。
正 司(俺はこれからどうすればいいのか・・・このまま桜町組にやっかいになり続けるのか)
    今の自分を見つめ直す正司。
    考えざまに庭の転がっている石をお手玉する。
    何度も何度も繰り返し繰り返し・・・
桜町晶「だ〜れだ」
    突如後ろから目隠しをする晶。
正 司「う〜ん、この優しい手は木下さんか」
    半ば冗談気に言う正司。
桜町晶「ぶーーー違います」
正 司「じゃあ、可憐な黒崎沙織さんか?」
桜町晶「ぶぶぶぶぶーーー違うもん(怒る)」
正 司「う〜ん・・・もしかして大作さん」
桜町晶「酷いよもう、晶のこと嫌い」
    半泣き状態になる晶。
正 司「冗談だよ」
桜町晶「冗談なんて酷いよ」
正 司「悪かったって」
桜町晶「もう正司さんなんて知らない知らない」
    いじける晶。
正 司「・・・(苦笑)」
    後ろを向いた晶の方に手を置く。
正 司「晶、ごめん」
桜町晶「・・・・・・」
正 司「本当に悪かったよ」
桜町晶「本当に」
正 司「ああ、それに・・・」
桜町晶「それに?」
正 司「・・・やっぱりやめた」
桜町晶「なによいきなり」
正 司「いや恥ずかしいからな・・・」
桜町晶「・・・・・・」
    その場から去ろうとする正司。
    無意識のうちに後ろから抱きつく晶。
桜町晶「・・・もう一度しっかり抱いて、ずっと私のそばから離れないで」
正 司「・・・ああ、ずっとずっといるよ、いつまでも・・・」
    その夜の満月はいつにもまして二人を月明かりで照らしていた。
    二人はしばらく抱き合っていた。

あとがき「ゲスト・桜町晶」
ITK「はあ、はあ・・・なんとか逃げ延びた・・・(肆話あとがきより)」
桜町晶「大丈夫ですか?」
ITK「なんとか・・・と、今年の夏は何かと暇な今日この頃(今回コミケには御都合上行かなか
    ったので)」
桜町晶「立ち直りの早い・・・」
ITK「一応六話以降はなんらかの決着に持ち込もうと思ってます」
桜町晶「どういうふうに?」
ITK「一応英司との決着、そして・・・あとは秘密」
桜町晶「ぶ〜」
ITK「いったら面白くないでしょ」
桜町晶「ごもっとも」

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